『城』構築ブートキャンプ

そこで待っていた暗黒時代。私はどうやって這い上がったのか?

更新日:

私が入社した会社はとても一流企業とはいえず、
業界では三流ぐらいのポジションで、
大手の下請けに依存していました。

さらに私が所属する九州支社(福岡)では、
大卒で入社したのは私が初めてだったようで、
その他の社員は高卒か専門学校卒、
という感じでした。

専門学校は2年で卒業できるので、
最初に私の上司になったのは、
専門学校卒のS君。

私よりも1つ歳下なのに、
会社には1年先に入っているので、
会社では先輩でした。

私が最初に担当させられたのは、
高校や大学のコンピュータ室での、
パソコンのインストール作業。

1つの教室内に約40台のパソコンが置いてあり、
これに1台ずつWindowsをインストールしていくという、
とても単調な仕事でした。

私は、
『こんなの私がやるべき仕事ではない。
私はもっと最先端でクリエイティブな
仕事を任されるべきだ。』

といったことを考えていました。
さらに、S君からは時折理不尽な怒られ方をしながら、
私は作業にあたっていました。
人間的に尊敬できるのであれば、
私も素直に従っていたと思いますが、
そうではなかったので、
とても葛藤がありました。

そうはいっても、
1年先に会社に入った差は大きく、
技術的な知識はS君のほうが
圧倒的にあったわけです。

私は
『なるべく早く技術を習得し、
S君を追い越し最短で会社を辞めてやる!』
と胸に近い、
実際に1年半で必要な技術を得て独立を果たしたのでした。

WEBプログラミングを独学で習得し、
プログラミングの仕事を副業で行い、
会社からの給料と合わせて
毎月50万円ぐらい稼ぐことができました。

この期間に、ショッピングカートの
レンタルシステムをゼロから開発し、
1年で200社の顧客を獲得することに成功しました。

インターネット広告代理店のフランチャイズビジネスで
手元に残ったパソコンでプログラミングの仕事をして
十分に稼がせてもらいました。

独立後、90万円のビジネスローンは繰り上げ返済し、
無借金状態に。
(実は他にも、同時期に100万円の自己啓発の商材を
同じくビジネスローンで購入していましたが、
これも全額返済。)

その後、2004年に26歳の時に@SOHOを開発。
2年で国内最大の会員規模となり、
現在の累計会員登録者数は
27万人を超えるまでになりました。

私はもともとビジネスマンになりたくて
技術を習得するのは遠回りだと思っていましたが、
実際にプログラミングをやってみると、
お金を稼ぐ手段としてはなかなか都合が良く、
この時は自分に向いていると思いました。

また、私は学生時代から就職浪人時代にかけて
ビジネスや経営に関する書籍を
100冊以上読破していましたので、
ビジネス的な感覚を身につけることができ、
単なるITエンジニアにとどまるのではなく、
ビジネスで結果を出すことができたのだと思います。

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  • この記事を書いた人

平城 寿 Hirajo Hisashi

宮崎出身のナナロク世代。@SOHO創業 ⇒ 国内No.1達成 ⇒ 海外ノマドを経て、『IT』と『ビジネス』を武器に、組織にとらわれずに生きていける人を育成する活動をしています。

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