引越しのアルバイトを1日で辞め、
男は再び求人雑誌を読み耽る日々に戻った。
第二新卒で正社員として応募できる会社。
今から上京しようと思っても、
引越し代を払うお金も無かった。
ふと留学してみたくなり、
実家の宮崎に住む母親に電話して、
留学したいんだけど
と相談してみた。
母からは、
そんなお金はない。
と一蹴される。
大学時代は入学金だけ払って
その後4年間は授業料免除で通えたし、
育英会からの奨学金とアルバイトで
生活資金を賄っていたので、
それほど親に負担を
かけていないつもりだったが、
もう親を頼ってはいけないんだな、
とこの時に悟った。
さて、いよいよ本格的に就職先を探さないとまずいな・・・。
第二新卒枠で探していくと、
男の経歴(工学部卒)で入れる会社は、
コンピュータ系ぐらいしか残っていなかった。
この時はまだ、
パソコンが一家に一台という時代ではなく、
パソコンを持っている=オタク
というイメージがあった。
もともとは体育会系の出身なので、
1日中パソコンの前に座って
地味な作業をするのは
性に合っていないと考えていたが、
男は大学の研究室にあったパソコンを使って
自分のホームページを立ち上げたことがあり、
この分野に関して魅力は感じていた。
ホームページ制作に関われる仕事であれば、
やってみたい。
求人情報誌を見ながら、男は考えた。
(この会社は、ホームページ制作スタッフを
募集しているということは、
自社のホームページを新しくしたいのではないだろうか?
もしかしたら、仕事が取れるかもしれないぞ。)
ある建築系の会社が、
自社のホームページの運営管理ができる人材を
募集していた。
男はそこに履歴書を送って応募してみた。
書類選考は一応OK。
指定された日に会社に行き、
受付の女性から案内された部屋で待っていると、
いきなり社長面接だった。
社長からの質問にひととおり回答した後、
男は言った。
実は今日私がこちらにお伺いしたのは、
御社に雇っていただくためではありません。
御社の求人情報を見て、
御社は今、自社ホームページのリニューアルをしたいという
ニーズをお持ちだということがわかりました。
であれば、私を社員にするのではなく、
外部のスタッフと考えていただいて、
私に仕事を発注して頂けませんか?
なんと、こんな言葉を口にしてしまった。。
社長は一瞬、少し驚いたようだった。
確かに、求人の面接の場で
応募者からそのような提案をされるのは、
前代未聞だったに違いない。
そして男が会社を後にする時には、
社長もまんざらでもなさそうな表情をしていた。
なかなか感触は良かった。
これはひょっとして仕事が取れるかも?
ところが、家に帰って男は気づいた。
威勢のいいことを言ってみたはいいけれど、
ホームページ制作は一度やってみたことがあるだけで、
専門的な知識を持っているわけではない。
また、そもそもビジネスの取引は初めてなので、
見積書や契約書の作り方もわからなければ、
今後の進め方もわからない。
結局、そこで止まってしまい、
その後男から会社への提案をすることは、無かった。
もし今回の仕事が取れたとしても、
いつも仕事が取れるとは限らない。
やはりいきなり起業をして、
それを発展させられるイメージが沸かなかった。
当時、起業して成功し雑誌などで
取り上げられている人たちは、
やはり有名大学を出て、
一流企業での経験を積んで、
そこから満を持して独立した、
というケースが多かった。
いわゆる、『箔をつける』というやつだ。
泊がないと、社会では通用しないのではないか?
という不安があったのだ。
男がそもそも大学などに行っていなければ、
自分には起業の道しかない!
この時点で腹をくくれたかもしれない。
しかし、中途半端に大学を卒業してしまった結果、
そこに囚われてしまっていた。
でも、このようなゲリラ的な作戦でも、
仕事が取れそうだということはわかった。
いずれ自分が起業した時に、
求人情報に片っ端から連絡を入れて
提案をしていけば仕事は取れるに違いない。
いつかこの方法は使わせてもらおう。
いろいろと考えた結果、
まず起業資金を貯めたかったし、
コンピュータのスキルは
身につけておいて損は無いかもしれない。
ということで、
やはりIT系の会社に一度就職することに。
福岡の会社で第二新卒OKのIT系企業を絞り込み、
興味が持てそうな会社が3社ほどあった。
履歴書を送ると、
1社からすぐに返事が来た。
面接に行ってみると、社長が40前後で若く、
社員は事務の女性が1人とプログラマが1名の、
小さな会社だった。
社長は自身に満ちた雰囲気で、
人間的に興味が持てた。
自分が創り上げたものを
部下にどんどん渡していきたい
とも話していた。
社長の話に魅力を感じたため、
この会社でやってみることにした。
ところがー。
会社に出社してみると、
社長は1日中ずっと外回りをしていて、
会社には殆どいない。
オフィスには事務の女性と
先輩プログラマ1名だけ。
1日中『シーン』と静まり返っていた。
男はまだ何の技術も持っていないので、
プログラミング本でも読んで
勉強しておいてください、と言われる。
(うわ〜、これはキツイ。)
男はこの空気に耐えられなかった。。
結局、2日目の就業が終わった後、
なんと社長に辞意を告げることになってしまった。。
社長は何とも複雑な表情をしていた。
男は申し訳ないと思いながらも、
こればかりは自分の気持ちに嘘はつけないと、
会社を後にした。
会社に出社したのはたったの2日。
当然ながら、給料も支払われなかった。
男が最終的に選んだ就職先は、
全国に支社が6箇所ほどある、
社員が200名ほどの中堅IT企業の福岡支社だった。
- インターネット関連の技術を身につけることができる
- 残業が100%支給される
という2点が決め手だった。
男はこの環境で徹底的にITを身につけ、
なるべく早く起業資金を貯めることを心に誓ったのであった。
<追伸>
- 代理店ビジネスは僅か1ヶ月で撤退
- 初めての就職先からは1週間で解雇
- 引越しのアルバイトは1日でギブアップ
- 2度めの就職先は僅か2日で辞退
この経歴を見て、
果たしてどこに成功の兆しが見えるだろうか??
人が何かを辞める時、
それが『逃げ』なのか『方向転換』なのかは、
実に紙一重だ。
この時の男の行動も、『逃げ』だったのかもしれない。
が、男はやはり自分と向き合い、
世間体よりも、自分に正直に決断を下してきた。
そして、最終的に行き着いたところで、
どこまで踏ん張れるのか?
で結果は決まるのかもしれない。
他の人達のように、器用な嘘はつけない。
自分を殺してまで笑っていられない。
だから結果的に、
遠回りをした部分もあるかもしれない。
しかし、全て自分の頭で考え、
自分で行動し、自分で結論を出してきたからこそ、
遠回りも無駄ではなかったかもしれない。
カメのように遠回りをしながらも、
その長い道のりを、うさぎのように駆けていく。
それが男が貫いてきた生き方だ。
男の全財産:10万円弱
男の借金:90万円(5年間のビジネスローン)