100万円のノートPC

10月 14, 2020

男が大学で所属していたのは
工学部の機械系学科というところで、
自動車のエンジンの構造などを
学ぶのがメインだった。

九州の片田舎で生まれ育ち、
当然ながら大学の下見に行く余裕もなく、
高校の担任や進路指導担当教員も、
偏差値を上げることばかりに躍起になり、
生徒の個々の個性や興味をを活かした
進路相談に乗れるほどの
人生経験も無く、

ただ単に理系だったから、
偏差値で行けそうだったから、
という理由だけで決めたのだった。

とはいえ、まだネットも存在しなかった
当時、情報格差社会の末端にいた男にとって、
自分の興味を満たしてくれそうな
大学を選ぶことはかなり至難の業だったと思う。

結果、大学の授業には
全く興味が持てなかった。

が、人生初の一人暮らしという
環境を手に入れ、
1日の行動スケジュールを
全て自分で決めることができる状況にあったので、

大学は割り切って卒業して、
社会に出る時にやりたい仕事に就こう。

と心に誓ったのだった。

だから学生時代はなるべく多くの社会経験を
積むために、

  • レストランのホール
  • イベント会場スタッフ
  • PHSの抽選販売
  • 広告代理店でのテレアポ
  • 繁華街のCLUBの厨房スタッフ
  • 空港内のレストランの厨房スタッフ
  • 家庭教師

などなど、
平日の朝から夕方までみっちりと
授業が詰まりきった工学部の
空き時間を使って、

なるべく多くのアルバイトを
こなそうと努めた。

このうち、広告代理店での仕事で
西日本新聞の紙面内にある、
名刺サイズほどの
広告枠をテレアポで販売するという
仕事を経験したことがあった。

時給は1,000円と当時にしては悪くない。

トークマニュアルも整備されていて、
社員の人から手順を教わって
何度か練習してみる。

なるべく明るい口調で、
テンポ良くしゃべることが、
成約率を上げる秘訣ということだった。

そのとおりにやってみたところ、
電話帳を片手に50件ぐらい
かけてみたところ、
3件ほど成約することに成功。

社員の人曰く、
通常は50件で1件ぐらいの
成約率なので、
なかなか成績が良い、
ということだった。

平日の昼間のアルバイトなので、
大学4年の夏休みの
2ヶ月間だけ、
このアルバイトをやっていた。

この経験があったから、
大学卒業後、
某ポータルサイトの広告代理店の
フランチャイズ説明会に行った時、

これはいける

という確信があった。

アルバイト時代の経験をもとに、
自宅にあったイエローページを開き、
可能性がありそうな業種に絞って、
片っ端から電話をかけまくった。

初めてのアポは、
「海の中道」という
美しい海岸線の近くにある、
サーフショップだった。

男はあらかじめ練習した
トークシナリオに沿って、
サービス内容をひととおり説明する。

反応は悪くなかったが、
その場で即決というわけにはいかなかった。

顧客から幾つか要望をもらい、
それを持ち帰り、
本部にフィードバックすることにした。

本部からの回答は、
顧客からの要望の実現を
保証してくれるものではなく、
曖昧なものだった。

それから数日後。

男は当時精読していた
起業家向けのメールマガジンを発行している
Iさんがたまたま同じ福岡に
在住していることを知り、
日頃のメルマガへの感想とお礼を添えて
「会いたいです」と連絡をとってみた。

そうすると、Iさんは男に会って下さるという。
数日後にお会いできることになった。

場所はソラリア西鉄ホテルのロビーラウンジ。
自腹でこんな高級な場所で
1杯1,000円以上もする珈琲を飲むのは
初めての経験だった。

男は、Iさんに会って、
自分のこれまでの経験や
現在すすめている広告代理店ビジネス話、
これからの展望を語っていった。

するとIさんからの冷静な一言が・・・。

平城さんはこのビジネスで
儲かる確率はどのくらいだと
思いますか?

男にとって予想もしていない言葉だった。

男は、大学時代のアルバイトの経験から、

50件電話すれば最低1件は成約できる

という見込みを持っていた。

ところが、Iさんからしてみれば、
それは根性論に過ぎないという。

顧客がなぜそのサービスを
利用しないといけないのか?

なぜそのサービスにお金を払うのか?

というところを徹底的に
考え抜かないといけないという。

この時は、

なんだこの理屈臭い人は。

と思ったものだが、

Iさんとは家も割と近く、
(バイクで15分程度の距離)

定期的に会って
お互いの進捗について
ミーティングをすることになった。

 

Iさんは男よりも10歳ぐらい年上で、
一度上京して仕事をしていたが、
母親が病気がちになってきたため、
脱サラして実家に戻ったという。

当時、起業家向けの情報を配信する
WEBサイトとメールマガジンを運営されていて、
そこそこの広告収入があるようだった。

 

男はIさんから分かれた後、
あの言葉がずっと頭の中から離れなかった。

 

顧客がこのサービスに
お金を払わないといけない理由?

それはこれから伸びていくインターネット
という市場で、伸びていくポータルサイトに
広告を載せることができる、
これだけで十分メリットが
あるんじゃないだろうか?

 

と考えていた。

ただ、本当に必要とされるサービスなのであれば、
わざわざこちらからテレアポ営業をしなくても、
相手から頭を下げて申し込んでくるような
状況になるのではないだろうか?

という考えも巡ってきた。

正直、このビジネスをやろうと思ったきっかけは、
他に稼ぐ手段を思いつかなかったのと、
テレアポという根性営業をすれば、
そこそこの数字を叩き出せる、
という算段があったからであり、

このビジネスに心底情熱を持てているかというと、
そうではなかった。

また、サーフショップからもらった要望を
本部に報告した時に曖昧な回答だったことから、

ここのサービスを自信を持って
すすめることができるのだろうか?

という懐疑心を持ち始めていた。

いっそのことやめてしまったほうが
いいのだろうか?
でも、ここで中途半端にやめたら、
自分が一度決めたことへの
「逃げ」になるのではないだろうか?

という葛藤があった。

加盟店契約書にサインをしてから、
もう8日間は過ぎているため、
クーリングオフはきかないかもしれない。

ダメ元で本部に電話をして、
解約したいという気持ちを伝えた。

本部の担当者の反応は、
契約時のフレンドリー雰囲気から一転し、

もうクーリングオフ期間は
過ぎておりますので、
対応できません。

という冷たい対応だった。

消費生活センターにも電話をして
相談をしてみたが、
やはりクーリングオフ期間を過ぎていれば、
解約は難しいだろうということだった。

代理店契約にかかった加盟金は約80万円。

当然ながら一括では払えないので、
5年間のビジネスローン契約書にサインしていた。

利子を含めた5年間の支払い総額は、
100万円を超えていた。

男はIさんから言われた一言で我に返り、
そして担当者の塩対応によって、
もうテレアポをする気力が無くなっていた。

そして結局、このビジネスから撤退することにした。

手元には、100万円の借金と、
加盟店契約時に渡された営業マニュアルと、
ノートPCが残されていた。

営業マニュアルはゴミだったけど、
ノートPCはもともと持っていなかったので、

男は

100万円でノートPCを買ったことにするか。

と、無理やりすぎるロジックで
自分の行動を正当化していた。

ノートPCの機種はNECのLavieで、
バッテリーも2時間程度しか持たず、
おそらくは企業向けの廉価版。
実売価格は20万円ぐらい
だったのではないだろうか?

が、この時買ったノートPCが、
後々大きく化けることになる。。

<追伸>

あの時、諦めずにテレアポを続けていたら、
人生はどう変わっていたのか?
はわからない。

あの時の自分の選択が、
果たして「逃げ」だったのかどうか?
も今でもわからない。

ただ1つだけ言えることは、
実際にテレアポ営業をやってみた時に、

「自分が心の底から自信を持って
すすめられる商品しかすすめたくない」

という気持ちが
自分の中にあるということが
確認できた点は大きかったと思う。

それが後々、
自分がプログラミンをマスターして
自分が作ったプログラムで稼ぐという
行動に繋がっていったのだから。

参考)
人生における『逃げ』と『方向転換』の違いを見分けるポイント

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